駐加陣明協輪国の人民は歴史上長い間デモ/集会を禁じられてきた。
最近になり多少緩やかになりある意味ではデモや集会が黙認されるようになった。それも政治に絡んでない民間の問題に対してのみである。長い間それを経験していない民衆は本来のその意味や方法に対して幼稚な知識しか持たない。
そういった機会があれば変な使命感や興味で参加してしまう。
そんな民衆を扇動するのは簡単である。数人の教育された国家機関の扇動員があおればいとも簡単に民衆はお祭りに参加する。
Asukalの考えでは民間にそのような(半日感情があったとしても)自ら政治的な運動を起こし警察隊を目の前にして行動を起こすだけの強い物/勇気は無いと想像される。それは点案紋広場の経験で知っているはずだ。
ある意味では警察隊に守られ、国家の扇動員に導かれ安心して参加できる芝居/お祭りでしかないと。サッカーゲームの時もそうであったはずだ。
今回の問題発生後、実際日常の生活で国籍を理由にいやな思いをした事はほとんど無い。あくまでもAsukalの生活行動範囲での話である。
わが母国は政治的な策略や罠/芝居を打つことを習慣としない、できなくされてきた国家である。しかし他の国々では日常茶判事である事をわが母国の政府も見極めるべきであろう。
見え透いた芝居はやめろと堂々と言ってもいいのではないだろうか。今回も民衆ではない、国家の策略である!
ある意味ではわが国の政治は幼稚なのであろう。がんばれ個伊豆美!






