2005年03月13日

★魔都〜シンセン★

国境の街シンセン・・・20年ほど前にある日忽然と姿を現した街シンセン。特別開発区として香港および香港経由での諸外国からの投資を目的として、或いは 社会主義的資本主義経済の実行とその見本となるべく人為的に創られた街、シンセン。

国境(と言う呼び名が正しいかどうかは置いておき)を挟んで数十分で香港である。その境界線を跨いでまったく別の様相、雰囲気を持った世界が存在しているのだ。Asukalが始めてシンセンを訪問した15年ほど前、香港との国境にある駅前にビルが数件あるだけであった。そのビルから見渡せたのは一面の荒野と建設予定地だけであった。

広東地区はいわゆる広東語を母語とする。当然香港ー広州広東語を母語とするのだがシンセンは少し違うのだ。もちろん本来のシンセン人、或いは周辺の広東地区から流れてきている人々は広東語を話すが実は普通話(北京語、或いは共通語の意味。マンダリンである)の方が広く使われる。

本来のシンセンは辺境の漁村であり人口もたかが知れていた。経済特区となり広東省近辺をはじめ中国全土から野心を持った人々が流れ込んだ。 本シンセン人の数百倍の人々が流れ込んだのだ。一夜とは言わないが、本当に魔法で創ったように一気に作り上げられた街なのだ。

当然その人々の間では共通語である普通話が主に使われるのだ。もちろん広東語もかなり通じるが、広東地区の中では 異様な割合での普通話が使われると言う意味である。

極端な例を言うと、Asukalは広東語の基本的な日常単語は聞き取れるが話せないと言うレベルである。しかし普通話はほぼ日常の会話には困らないレベルである。そんなAsukalが香港へ行く、ほとんど英語で彼らと話す。普通話も昔に比べれば当然通じるがまだまだその普及率は低いのだ。(と言うより普通話を使うと中国人として扱われるのでいやなのだ、中国人と日本人とでは香港人はその扱いに天と地の差があるのだ)

そして街の中は英語も普通話も話せない香港人も沢山いる。ゆえに結構苦労するのだが国境を一歩越えシンセンに入ればほとんど普通話が通じ非常に安心感がある。(普通の日本人はその殺伐とした街の様子、騒がしい不気味な様子に不安感を覚え香港に戻るとほっとすると言う人がほとんどだがAsukalは逆なのである)

十数年前取引先の香港の商人たちは99%普通話がわからなかった。しかし彼らが時折連れてくる小学生の息子、娘たちは普通話を習い始めており話せるようになってきた。その子たちの世代が今社会に出ている。おかげで以前ほどは普通話が通じないと言うこともない、おまけに大陸から沢山の労働者が 裏・表を問わず流れてきている。

今は大枚を持った大陸からの観光客落ち込んだ香港の観光業を盛り返していると言っても過言ではない。そんな大事な大陸人を迎え撃つためにもやはり普通話は非常に重要となってきている。そんな折、香港の就職戦争も普通話が出来なくては勝ち残れない時代となっている。

広東省の都、広州でも10数年前はいったん街に出れば普通話はほぼ間違いなく通じなかった。レストランや駅の職員、ホテルのメイドやガードマン、町の売店等ほぼ通じないと思ったほうが良かった。当事Asukalが普通話を取得していなかった時代、いつも 北京の友人と中国国内の旅をしていた。彼も広州の旅には苦労していた。いつも彼らに 「本当にお前ら中国人か?」と腹を立てていたのだ。

予断だがその北京の友人はすごい学歴を持ち有る国家の組織に属していた。数ヶ月におよび外国人(Asukal)と行方をくらませたため 国家保安委員局からスパイ容疑で指名手配されてしまった。もちろん Asukalも同様に指名手配を受けてしまったが、二人ともにスパイ容疑だけは免れたが彼は当然免職になった。今も彼とは親友である。

当事の広州のテレビ番組で「大家一起説普通話」と言うのが有った。訳せば「みんなで話そう普通話!」と言う意味だ。

クイズ番組のように何組かの数人の広東人の家族や友人の組が登場し得点を競い合うのだ。何の得点かと言うと

広東語の文章を司会者が読み上げる。それを各組がいっせいに普通話に訳して紙に書き込む。せーの でそれを公開しどの組が一番正確な普通話に訳しているかを競う。これが同じ中国の内部の言語であるのだが結構正解者は少ないのだ。はっきり行って 英語とロシア語ほど遠いと思っていよい。単語は共通の単語も多いがやはり程遠いのである。野菜の名前など 「白菜」と同じ字を書くのだが読み方もその意味する野菜も違うのだ

そんな広東省にありながら普通話の通じるシンセン。内陸から、色んな地域からの人々が集まっている。ある意味では中国のN・Yの様な物である。人種のるつぼとまでは言わないが中国の各民族、各省のショウルームのようである。

その様な特殊な背景にあるため実は何でも有りの恐ろしい街なのである。良い事も悪い事も何でもあるのである。説明をすればきりが無いのでしないがとにかく恐ろしい街であることは表面でしか見ていない外国人には分るすべもない。

Asukalはシンセンに来て6年目である。仕事で日本のお客さんを迎える以外は日常の生活は全て中国人としかかかわっていない。ほとんど中国人と同じ物を食べ、同じ様な所で買い物し遊びもそうである。周りの人々もAsukalが自分で言わない限り 80%は中国人と思われている。それはAsukalの普通話が中国人並みにうまいと言った意味ではない。色んな地方から来ている中国人がいる街である為、 Asukalと同じ程度の普通話しか話せない中国人も沢山いるためそれらの人々と同じように見えるのであろう。

そして色んな恐ろしい事実を垣間見て来た。それらを知らぬ日本人には信じられぬような事実もあるし知らない方が良い、知る必要も無いが・・・

←中国内陸、湖南省、四川省、江西省等の人間が最も多く入り込んでいるためそれらの地域の料理屋が最も多い。写真は今夜食べた四川料理、唐辛子と一緒に煮込んだチキンである。赤いのは全て唐辛子である。O2IIsで撮影。

よく映画や小説、そして歴史ドキュメンタリーなどに出てくる戦前・戦中の上海、そう魔都-上海の様である。今シンセンは魔都である。あらゆる考えられる、或いは考えられない様な犯罪、悪事がはびこっている。地方からの出稼ぎ労働者の成れの果て、或いは犯罪目的で流れ込んできた輩、どんどん増えている。

魔都シンセン。同志諸君,君達が知っている、或いは感じているほど甘くない街だここは!気を付けたまえ!

posted by Asukal at 02:32| 香港 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 中国聊天 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月25日

★シンセン異常湿度警報★

シンセンの朝、昨日と本日の朝はすごい霧で視界数メートル(南山区)と言うすごい状況である。

本日銀行の用事で香港へ行かなくてはならなかったので、いつものようにシンセン(蛇口)ー香港のフェリーターミナルへと朝一番で出向く。なんと霧のためフェリーは欠航、何時から運行開始するかも不明と言う。

急ぎ羅湖の列車の駅へ向かうAsukalだった。

起き着替えると洋服が湿っている。部屋中の壁も湿っている。部屋を出るとマンションの壁と言う壁は水浸しである。もちろん床もである。湿っていると言った状況ではない。一見誰かがホースで水をぶちまけたかの様だ。

しかしこれは空気中の水分が結露したものであって決して水をまいたものではないのだ。場所によっては部屋の床すべてが水浸しになったところもあると言う。

話によるとシンセン中このような状況だと言う。部屋の漆喰もこれでは持たぬ。とにかくすごい湿度である。5年以上ここに住むがこんな経験は始めてである。異常なのだ!

posted by Asukal at 17:44| 香港 ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | 中国聊天 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月23日

★中国のブロードバンド★

先日 「網通」にプロバイダーを変更したAsukalだった。何をしても自分のBlogがブラウジングできない。もちろん同じ系列のBlogは全滅だ。

ほかにもブラウジング不可能なサイトがいっぱいだ。もちろんカスタマーサービスに相談した。彼らもやはりどのPCを使ってもAsukalの言うサイトにはアクセスが出来ないと言う。本部のマスター機は繋がるらしい。

先ほどプロバイダー本部から連絡が入り「システムIP,そしてDNSの問題のようであり、早急な解決は見込めない。システム全部の問題であり固有のPC設定や環境の問題ではないのですぐにの対応は出来ないので当分、いつになるかもわからぬが我慢していただくように願いたい」

プロバイダーを変えれば良いようなものだとみな思うだろう。実は中国(シンセンでの話し、他の地域は定かではない)のブロードバンドと言うのはマンション建築の際にプロバイダーがそのビルディング毎に配線工事を行っており、その配線工事のされたプロバイダー以外は後から入り込むと言ったようなことはほとんどない。或いは入り込め無いようだ。

同じ建物に住む人々はみな同一プロバイダーを使用せざるを得ないのだ。まったく選択の余地が無い。Asukalは新しいマンションに越してきたため今回の 網通へ自動的に入ることになった訳だ。

よって自分のサイトにアクセス、或いはその他のアクセス不可能なサイトへつなぐ時は、そう、携帯電話CDMAx1でつないでいると言うお粗末な状態だ。

CDMAx1のUIMカードを挿入して通信するUSBドングル=http://www.geocities.jp/asukal_trader/CDMA/CDMA.htm

何でやねん!おら〜っ!責任者でてこ〜い!  って責任者から電話あったけど・・・

posted by Asukal at 00:23| 香港 ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | 中国聊天 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月19日

★偉大なる中華人民共和国★

昨日、不法滞在の疑惑をそのままに中国出国に挑んだAsukalだった。

狙ったのは大きな入国管理局の事務所の設置されていない小さな国境だった。何気なく、そう何事も無いような顔をしパスポートをいつものようにイミグレで差し出す。若い女性担当官は最後の入国の際に押された日付のハンコを探すがどう見ても 11月25日が最終入国であることが気づく。Asukalに北京語で問いかける・・・

「最後的入境日期是机号?11月25号対不対?」  この時点でAsukalの言語システムは北京語モードが非アクティブとなり、「ニホンジン・カタカナ表記的発音英語モード」のチャンネルに切り替わっている。

「ソ〜リー、エングリッシュプリーズ」と答えるのである。向こうもたどたどしい英語で再度聞いてくる、最終入国日は11月25日で間違いないかと。もちろんそうだ、何か問題でも?とシラバックレルAsukal。

困った顔をしその担当官は上司に問い合わせる。「2週間の猶予期間を過ぎているがどう処理すれば良いのでしょうか?」、上司再度確認する、「何日オーバーだ?」、「9日間です」。当然すべて北京語でやっているのだが 北京語ネガティブモードになっているAsukalはいったい何がどうなったんだ?なぜすぐに通してくれないのだ!と言った顔で上司をにらみつけている。

ちらりとAsukalの顔を見て上司は言う、「4千多・・・・、太麻煩了、算了!」と部下に指示を出す。

麻煩!日本語に直すと「面倒、手間、煩わしい、迷惑・・等」の意味である。

この麻煩と言う単語、日中友好の歴史において双方とも忘れることの出来ない重要な一言なのである。歴史を紐解けば日中関係正常化に躍起になっていた田中内閣は国交正常化の爲、戦後初めて公式に中国に対しての 戦争責任に対して遺憾の意の表明をせざるを得ない立場に来ていた。田中内閣は言葉を選んだ。

罪を明らかに認めているような単語を避け、しかも申し訳ないという意味を伝えることを目的として有効な単語を吟味したのだ。そして選ばれた単語が 「ご迷惑をおかけし・・」だ。

「先の戦争中、中国人民に多大なるご迷惑をおかけし日本政府・国民共に遺憾に・・・」、そう 「ご迷惑」中国語に直せば「麻煩」なのだ!当然中国人民・政府共に激怒する。あれほどの被害を受けた当事者側にしてみれば麻煩の一言では納得いかないのである。人民は激怒した。家を焼かれ、身内を殺され国土を侵され、ご迷惑と言った次元の話ではないのだ。半ば成功したように思われた日中国交正常化 もご破算になるかと誰もが予想したのだ!頭を抱える内閣であった。考えた挙句に中国側に伝達した麻煩に対する釈明として「日本人は、いや日本語では重大な、大きな問題に対してもご迷惑=麻煩と言う単語を使用し、それは時には最大の過ちをも意味し使用される、決して中国語の軽い意味の麻煩では無いのです。」

なぜか中国側はその言葉をいとも簡単に信用し今の日中関係があるのだ。或いはとりあえず簡単なご迷惑でないと言いさえすれば、今後の経済的な部分で国交正常化の利点を見据え、表面的に理解したふりをしたのかもしれない。

さて本題に戻そう。Asukalが入国管理局に与えた今回の問題は麻煩の頭にがつき太麻煩と形容されたのだ。太麻煩、非常にと言う形容詞がつけられた。田中内閣の問題が麻煩であるのに対し太麻煩、そう中華人民共和国入国管理局にとって今Asukalは 日中の過去の忌まわしい歴史をも上回る大きな問題となっていたのだ。

その国交正常化よりも重大な問題を算了=もういい、或いはほっとけ!の一言で済ましてくれるのである。

偉大な国家、中華人民共和国よ!いとしの(他人の)祖国、中国よ!なんと寛大な国家なのだ!そんな中国、大好きだっ!

posted by Asukal at 17:04| 香港 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 中国聊天 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月18日

★Asukal不法滞在説★

中華人民共和国が日本との友好の証として本年度より日本人の短期滞在にに対し旅券免除のハカライを執ったことに関しては同志たちも良く知るところと思う!

その旅券(Visa)無しの中国滞在期間は14日間(2週間)と規定されている。その免除期間が過ぎる者は最寄の公安局へ滞在延長申請をするか或いは国外へ一旦出る必要がある。

それを守らぬ者は不法滞在として14日以降を起算日とし1日500元(日本円約1万円弱)を罰金として払う必要があるのだ!

なぜか5000元近く払うことになった哀れな同志がいる。う〜ん、誰とは言いにくいがなにやらVisaをとるつもりが出張続きでうっかりしてたと言う言い訳をしているそうだ!

公安局へ行くのは面倒なので知らぬ顔をして香港へ行く振りをし、イミグレーションを抜け、そこで「えっ、そうなんだ〜!」としらばっくれて罰金を払うつもりらしい・・・。その同志の言語システムはそのような場面では中国語が一切しゃべれなくなる仕組みになっている。万が一、万が一ひょっとしてイミグレの担当官が隣の担当官と世間話をして見落としたらもっとラッキー等と甘いことを考えているらしい・・

明日が勝負だ!

posted by Asukal at 00:33| 香港 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国聊天 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月10日

★目を覚まし始めた眠れる獅子中国★

ついに眠れる獅子がゆっくりと動き出した!今後世界の経済を左右する存在になるだろう。日本はすで事実上駆逐されている。もう世界の工場だけでは終わらない!

中国最大手のパソコンメーカー聯想(Renovo)がかつて対陣する陣営の大本営であり、資本主義国家の旗艦であるアメリカの、そしてPCの代名詞であるIBMのパソコン事業部を買収した。

赤い時代は終わった。そして今後眠れる獅子のその強烈な威勢・実力をさらに世界に知らしめて行くだろう。

世界の経済は次の時代に入ろうとしている。すでに入っている。Made in Japan神話の亡霊に取り付かれている祖国の同志よ! これからが正念場だ!

参考

http://j.peopledaily.com.cn/2004/12/09/jp20041209_45873.html

posted by Asukal at 10:36| 香港 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国聊天 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月06日

★中国人=味覚と嗅覚★

外国でその地の言語を習得し会話ができる様になって行くのには壁が二つある。まず基本的な日常の単語を覚えていく。そしていつ/どこで/誰が/何を/どうした等の基本的な質問ができそれに対する返答が聞き取れるようになる。この段階を拡張して行きある程度日時用の会話のやり取りが可能になる。とりあえず話せるようになった一段階目だ。

しかしこの段階ではすべてのことが表現できるわけではない。限られた内容にに関しては受け答え、話しかけはできるだろうが表現力/言いたい事のすべては話せない。イライラする。最初の壁だ!

この壁を乗り越えどんどんボキャブラリーが増え、日常での言いたい事がほぼ100%表現できるようになる。また基本的にはほとんど相手の言っている事が理解できる。相手が比喩や故事に基づいた様な表現をしてきても、わからないな何の意味か?と言えば簡単な言葉にしてくれ何とかわかるのだ。この時点でのその表現法は初めのころに覚えた基本的な表現方法で、他に同じ内容を表現するちょっと深い表現はなかなかわからない。

その比喩/故事の基づいた表現、そして色んな言い回し、或いは深い言いを持った言葉は分からない。また民間の行事や風習にまつわる話などもほとんど理解に苦しむ。これが2番目の壁かと思われる。

中国語の話である。最初の壁にぶち当たったころ、中国語の「香り」「香る」、「臭い」等の表現は習得していた。「味がする」「風味」も分かっていたつもりだった。「香り・香る」は中国語で「香=シャン」、「臭い」は「臭=チョウ」である。「味・風味」は「味道=ウェイダオ」である。カタカナ表記の発音は正確ではないが参考程度にとっていただきたい。

しかしある日何時も一緒にいる中国人の前に久しぶりにスーツで登場したときの話である。彼が言う「有日本人的味道」と、日本人の味がする????舐めたのか?Asukalの事を!

また商売でのもめ事の時に日本語ぺらぺらの中国人が言う「火薬の味がするね、この話」

そして商品でお香の話をしているとき中国のメーカーの人は言う。「きんもくせいの味道、バラの味道、ゆりの味道」

ラーメン屋の前で中国の友人は言う「美味しそうな味道」

なぜかにおい/香りを日本語で言う「味」で表現するのだ。もうすでに分かると思うが日本語の「香り/雰囲気/におい」これは中国人にとっては「味道」であり。味覚と同じ物である様だ。

単語の意味と表現の意味の違い。これは結構単語の置き換えだけでは分からない困ったものだ。基本から学校で言語を学習しない場合は特にあるかもしれない。

posted by Asukal at 16:05| 香港 | Comment(0) | TrackBack(0) | 中国聊天 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月25日

★DNA親子鑑定★

訳文;

女;ねえ、あんた・・うれしい?

男;ん?どうした?

女;妊娠したの、あんたの子供が出来たの!

男;うっそだろ〜、誰の子だ?

女;何言い出すの!あんたのに決まってるでしょっ!

男;うそだ!絶対うそだ!俺んじゃない!絶対ありえん!俺には関係ね〜!

女;あんたっ!何でそんな風に!人でなし!人間じゃない!

男;おまえな〜気安く「あんた」なんて呼ぶんじゃね〜!今後俺に関わるな!

よくある話である・・・

ここシンセンには香港・台湾・韓国・日本・シンガポール等、或いは中国各地から一山当て様と集まった男たちがたくさんいる。そして地方から集団就職で工場へ働きに来ている無数の女性たち。あるいは彼らの甘い汁を吸おうと集まる女性たち。そんな男と女の間はいとも簡単に和合に至る!

中国シンセンには「奥様ニコニコDNA 親子鑑定・身分認定・法医学鑑定医院」と言った大きな看板があちこちにある。そう、DNA検査によりその血縁関係、事実関係を明らかにしようとするものである。

男達にとっては、自分の子で無い事が証明されれば責任は無い、女達にとっては相手の男の血を引いている事が証明されれば生活は法的に保証される、或いは相手の男性の国籍は取れなくともその国へ行ける足がかりが出来る。ここシンセンでは人気の商売である。

だが実際は・・・・・・下記は実話である・・・

a;「王さん王さん!、王さんの親父さん医者って事で親子鑑定してもらえるか聞いておいてって、覚えてる?こっちはおいらの髪の毛、こっちは子供の髪の毛、頼んだよ」

b:「あ〜覚えてるよ。友達だからお金は要らないよ。でも親父がさ、どっちに有利な鑑定書を作れば良いか聞いて置いてくれって・・」

 

 

posted by Asukal at 16:51| 香港 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国聊天 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月19日

★香港KCRチムサーツイまで開通★

昨日香港へ行き九龍鉄道(KCR)チムサーツイまで開通していた事を知った。ずっと出張続きで何も知らないAsukalだった。10月末に開通した様だ。すでにご存知の同志もイルと思うが一応報告しよう。

MTR(香港の地下鉄)のチムサーツイ駅から連絡通路が出来ている

KCRシンセンの羅湖駅と香港九龍までを直接結ぶ列車である。今まで九龍側の最終(香港からは始発)は ホンハム駅で有ったため、チムサーツイまで行くにはそこからタクシー、或いはバスを乗り継ぐが、ホンハムへ行く途中の 九龍糖でMTRに乗り継ぐ必要があった。しかしこの新しいチムサーツイ駅が出来た事で直接チムサーツイまで行けるのはかなり有りがたい。中国側シンセン-チムサーツイ間の料金は知らない!m(__)m Asukalはもっぱら フェリー派であるため試乗しなかったのだ。

ちなみに昨日の香港での収穫はBluetooth Keyboad,XdaO2II用のシリコンケース、そして待ちに待った通称MohhaことMedal of Honnerの第四版である 太平洋猛撃PC版。未だ日本では出てない様だ。或いは日本軍を撃ち殺すシナリオなので日本では売らないのか?しかしオリジナル版なのにCDが壊れている様でCDが読めぬ!!!くそっ!

でも同じ日本人を敵に回し撃ち殺す事無く一晩が過ぎたので本当はホットしているのかもしれない・・  しばらくは買ったばかりの COD(Call of Duty) のUnited Offensiveですごそう・・

 

posted by Asukal at 11:46| 香港 | Comment(4) | TrackBack(0) | 中国聊天 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月08日

★兌換券を知っていますか?★

兌換券と呼ばれたこの紙幣、1990年代初頭に廃止された中国の紙幣である。
(兌換券;右と人民元;左) クリックで拡大↓
FEC2    RMB2

人民元と並行して発行され二重貨幣として発行・流通・使用されたものだ。当時RMB(人民元)と言う表記に対し兌換券はFECと表記された。「タバコ1個;FEC \10」と言った感じだ。
昨晩引出しの整理をしていたら出てきたのである。懐かしいが50元、100元と言った高額紙幣は残っていなかった。

この兌換券だが使用は中国へ入国した外国人に限られる。と言うより外国人は外貨を両替すると兌換券しかもらえず人民元は入手できない仕組みであった。

外国人は人民元を使用することを禁じられておりまた人民も兌換券を使用することは禁じられていた。
外国人が人民元を所有するだけで罰せられたのだ。また兌換券は帰国の際不必要になれば外貨から兌換券に両替した証明書があれば外貨に戻せた。証明がない場合はあきらめるしかないのだ。また人民元は絶対に外貨には戻らなかった。
兌換券=外貨だったのだ。よって仕組み上人民の手には入らぬ仕組みになっていた。


兌換券は限られた兌換券使用可能な施設でしか使用できず、それ以外のところでの使用はできなかった。
要するに外国人専用のホテル・レストラン、旅行社、そして友誼商店等の限られた場所でしか外国人は消費できなかったのだ。もちろんそれらの施設は人民の使用する、あるいは買い物する施設にはない豪華さとそこでしか入手できない商品があった。当時外人は乳牛から絞られたミルクが飲めるのだが人民の口には脱脂粉乳しか入らないのだ。もちろんタクシーなど上海でさえほとんど無くホテルの車しか頼るものが無かった。

またいくらお金があってもタバコなど配給性の物資は配給券で決められた数量しか購買出来ない人民に比べると兌換券の使えるお店へ行けば制限なく入手が可能であった。電気製品なども人民には入手できぬようなものも兌換券の使えるところでは購入できたのだ。当時の中国の市場には欲しくてもまったく商品が無かったのだ。
商店・デパートはほとんど国営で大きなショーウィンドウには時代遅れのの商品がまばらに陳列されており物の豊かな日本から比べると品数も物量も品質も貧弱な寂しい、涙の出るほど寂しい様子だった。兌換券を持つ外国人はある意味では特権階級だったのだ。


この紙幣の目的はもちろん外貨の管理をする事、そして経済的な部分を利用して外国人の中国国内での行動を制限することであった。、腐敗し堕落した資本主義思想を持った外人との接触を減らし純粋な人民の社会主義思想が汚染されるのを防ぐためなのだ。外人を経済的行動範囲を決めつけることによって人民から隔離するのだ。

しかし後になって外国人用のお店でしか手に入らない商品を欲する物的欲望や外貨を必要とする中国企業・実業家・ビジネスマンや留学希望者、密航希望者の需要で兌換券が闇で売買されるようになった。

個人的な売買から大きな取引を専門で中継ぎする闇両替商も存在し、大きな金額だと売り手と買い手の間のレート交渉なども代行していた。

人民元1に対し兌換券1.2〜2倍前後だった。特に外貨が高く売れたのは福建省など南方の都市だった。地方都市の駅などでよく両替を人民にせがまれたものだった。そのような両替(売買)が発覚すれば外人は国外強制退去であった。

兌換券が廃止され十数年たった今、髪を染めジーンズを履き欧米の音楽にあわせてディスコで踊っている中国の若者たちを見るとなにやら不思議な思いがする。たった十年そこそこだ。

また余談だが人民元の写真を見ていただくとその疲労度に気が付くと思う。
これでも一生懸命しわを伸ばしたのだが受け取ったときはくしゃくしゃ、と言うより握りつぶしたような状態だった。中国人民のお金の扱いは雑であり、労働者階級などは財布やバッグを持たずポケットに丸めてお金を入れている。本当にくしゃくしゃで腹が立ったりもする。おつりを貰っても一枚ずつ広げしわを伸ばし再度重ね合わせもう一度しっかりとしわを伸ばし直さないと財布にも入らぬ常態だ。

そして今は少なくなったが国営が全盛だった頃、お釣りをカウンターに投げつけて渡すと言ういわゆる投げ銭も当時は腹が立った。Asukalはお賽銭箱ではないぞ!と思ったりもした。商売人としてお金の取り扱いはとても気になる方で、札束の裏表、転地などきっちりそろえないと気が済まぬ性分なのにこのくちゃくちゃ紙幣と投げ銭は血圧を上げてくれた。
posted by Asukal at 15:46| 香港 | Comment(0) | TrackBack(0) | 中国聊天 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月06日

★中国の偽札はババ抜き★

fakemoney
中国ではかなりの量の偽札が出回っておりそれを手にするのもかなり日常茶飯事である。
運悪く偽札を手にしてもみな警察に届けたり慌てふためいたりする事は無い。
どうやって処分しようか皆知恵を絞る。

夜暗いタクシーの中での支払いでうまくタクシードライバーに気が付かれる事なく受け取ってもらったりすれば運が良い方だが先方も100元や50元の高額紙幣の場合車内灯で透かしてみたり手触りを調べたりで8割は失敗に終わる。

また小さな売店で支払いに使ってみたりと色々試すがみな注意深く中々処分が出来ない。
が、いつかは処分できるようになっている。

お金を受け取る方は皆なれていてかなり手ごわい。そう、ババヌキのように皆の手から手へ回されているのが中国の偽札の現状だ。ババをとってもらうもらうまで毎日ババヌキを繰り返すのだ。

慣れれば手触りでなんとなく分かるのだがちょっと気を緩めるとつかまされてしまう。
Asukalも年に数度はこのババをつかまされることになる。

100元紙幣などだともったいないのでやはりババヌキ合戦に参加するのだが10元や5元(小額紙幣は少ない)の場合は手元にしまっておき日本からのお客さんが来た際に”偽札ですよ、記念に”とプレゼントする。皆さん結構喜んで記念にアルバムに張っておくとか言って持って帰っていただける。

皆さん気を付けよう!外人は特に結構のババヌキのかもになる可能性が高いので。
posted by Asukal at 11:15| 香港 | Comment(0) | TrackBack(0) | 中国聊天 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月01日

★中華人民共和国建立了★

本日は国慶節、そう中国の建国記念日なのだ。
中国の国家として一番大きな行事となる。みんなお休みだ。

中国の聯通もめでたいメッセージを送ってくれた。
OCT

同志諸君!中国の国歌でも聴きいて音響之旅路(サウンドトリップ?)でもしてくれたまえ!

国歌
posted by Asukal at 20:35| 香港 🌁| Comment(0) | TrackBack(1) | 中国聊天 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月30日

★中国のプロードバンド★

いよいよ10月1日から国慶節(中国建国記念日)の連休になる。
これは毛沢東主席が”中国人民共和国建立了〜とあの有名な演説の記念日だ。

よって当然中華人民共和国にとっては一大行事であることは間違いない。

昨日突然わが社のPCのメールアカウントが使用できなくなった。
使用できないと言うより送受信サーバーにアクセスするスピードが恐ろしく遅くなりタイムアウトでエラーになる。
webのブラウジングはいつもよりスムーズだ。

しかし不思議な事にそのエラーは日本にプロバイダーを持つアカウントで全て発生し中国国内にプロバイダーを持つアカウントには一切発生しないのだ。数時間プロバイダーと社内の設定を見直すが原因は不明。先日訪れたプロバイダーの技術者もこれはメールが流れるルートが変わったのかも知れぬが彼の手には負えないと帰って行く。

携帯電話で接続したり自宅の別のプロバイダーでは発生しない。ダイアルアップでも発生はしない。

そして本日上級技師と言う二人組みが登場し状況を見る。やはり昨日と同じ事を言う。
国慶節に向けてルートの手直し(国家による)が有った可能性が有るのでルートを手動で変更してみようとプロバイダー本社に掛け合いルート変更を試みたらなんとすんなりつながるのだ。

建国記念日に向け国外の人間の動きを監視とまでは行かないだろうが様子を見るのだろうと上級技術者に問えば、それは誰にも分からぬが有るかもとにっこりと笑う。

もちろんテロや反動的行動、反中国的な悪質な活動がそれで未然に防げるのならそれは国家保安的に仕方が無いのだろう中国にとって。平和でありますように!
posted by Asukal at 16:49| 香港 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国聊天 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月09日

★英雄生誕100周年★

image/asukal-2004-08-09T19:31:12-1.jpg

http://finance.sz.net.cn/gb/node/node_311.htm

人民的領導(リーダー)! 我らが英雄!改革の父!

「黒かろうが白かろうが鼠を捕まえればそれは良い猫なのである!」

余談だがパソコンのマウスは中国語で「老鼠」と呼ぶ!
@=アットマークは「小老鼠」と呼ぶ! 
ミッキーマウスは「米奇老鼠」と呼ぶ
posted by Asukal at 19:31| 香港 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国聊天 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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